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第1幕 10ヶ月前〜
狂った世界----
投じられたのは石? それとも、
§ 1 §
ヴェクター王国は東方大陸の北の果てに位置する中世ヨーロッパのような趣をかもす国だ。
特に顕著なのはその国に定着している人々の生活や建物が印象的なのだ。
王国最大の中央平野はそのまま北へ広がると海を臨む事ができる。
豊かな平野を利用して、黄金色の穂を実らせた小麦を主要生産物として耕作してきた農耕民族だった。
しかし、そうした穏やかな生活も今はもう昔。
悪意が悪魔を呼び寄せたのだ。
時の国王、ネヴュレウス1世は狂気を招き入れ、悪魔に魂を売った暴君。
小国だったヴェクター王国は悪魔の囁きと魔女の予言によって瞬く間に隣国の小部族・小国家を平らげ、一気に版図を広げた。
占領政策は苛烈を極めた----族長とその一族は国王が誂た儀式台の上で斬首、その血すべてを絞り出された。
そうした政策に反対する者にも同じ刑でを執行。
最大版図を築いた頃には全人口の半分が戦争と処刑台の露と消えていたのだ。
この苛烈な所業は後の「混沌の18年戦争」へと繋がる原因のひとつである。
ネヴュレウス1世がこの後、狂気と共にこの世を去るのは、侵略戦争開始から4年後のことになる。
彼は東の蛮族との攻防時において味方の誤射によって命を落とした。
よって4年間の恐怖治世時代と東西に広がった広大な領土の一部を失って、この戦いは終結し、ヴェクター王国は疲弊した国力の回復に若干の時を要したのである。
§ 2 §
歴史家ポートウェル・ズィが綴る「混沌と狂気の内戦」にあるヴェクター王国の18年戦争はその真実を知るものがいない。
なぜ戦争が起きたのかも今になってはその実を知ることが出来ないのが現実なのだ。
王族の外戚にエルヴィン・ロックハーディン伯爵という人物がいる。
王国の東側を守るベルスウェット城を拠点とし、カンテラ城塞で東の蛮族を封じた勇猛なる将軍だった人だ。その彼の3代下った子孫のティーチ卿はヴェクター第16代国王と共にその年の夏、避暑地へ足を向けた。
国王の次男であるホスピス卿も同行する予定だったが、日程の都合からこの行軍に間に合わず辞退。残念がった国王は南の山岳に住む小部族の案内で山へ。
そこで起きた凶行がこの「混沌の18年戦争」の引き金となったというのが一般的な理由だ。
また、逆も然りだが----
息も絶えだえのティーチ卿の従者は、主人の最後の言葉を持って王宮に飛び込み、事の顛末を命を賭して語った。
つまり、山岳の部族が積年の恨みを晴らしに凶行を働いたのだという。
積年の恨みというのが、かつての暴君の行いだ----これが尾を引いているというのが、王国の治世下で教える歴史の解釈なのだが。
これに対して意を唱えるほど実はしっかりとした理由がないのは前記したとおりだ。
かくして、戦争は起こされた。
宣戦布告らしいものがあったかも未確認----
だが、彼ら、ヴェクター王国側にとってのこの戦争は仇討ち。
我々にとっては侵略に対抗する防衛戦争だった。
・・・・・・そして、戦争終結10ヶ月前。
我々はこの戦争の最前線、かつて王国の西側最大の耕作地帯だったカーヴォウルベの都址にいた。目的は、王国の前線深部の城塞の奪回、いや、取り残された味方の救出といえば聞こえがいいかもしれない。
難攻不落のマリデン城塞。
2千3百人の将兵救出の為に用意されたのは、僅か百人の囚人まがいの俺たち。
どの戦場でも爪弾き、死に損ない、挙句に疫病神や死神とまで揶揄された男たちが名誉の為に送り込まれる。
----一体、どこのどいつが・・・ こんなくだらない戦争始めやがったんだ----
>>つづく
投じられたのは石? それとも、
§ 1 §
ヴェクター王国は東方大陸の北の果てに位置する中世ヨーロッパのような趣をかもす国だ。
特に顕著なのはその国に定着している人々の生活や建物が印象的なのだ。
王国最大の中央平野はそのまま北へ広がると海を臨む事ができる。
豊かな平野を利用して、黄金色の穂を実らせた小麦を主要生産物として耕作してきた農耕民族だった。
しかし、そうした穏やかな生活も今はもう昔。
悪意が悪魔を呼び寄せたのだ。
時の国王、ネヴュレウス1世は狂気を招き入れ、悪魔に魂を売った暴君。
小国だったヴェクター王国は悪魔の囁きと魔女の予言によって瞬く間に隣国の小部族・小国家を平らげ、一気に版図を広げた。
占領政策は苛烈を極めた----族長とその一族は国王が誂た儀式台の上で斬首、その血すべてを絞り出された。
そうした政策に反対する者にも同じ刑でを執行。
最大版図を築いた頃には全人口の半分が戦争と処刑台の露と消えていたのだ。
この苛烈な所業は後の「混沌の18年戦争」へと繋がる原因のひとつである。
ネヴュレウス1世がこの後、狂気と共にこの世を去るのは、侵略戦争開始から4年後のことになる。
彼は東の蛮族との攻防時において味方の誤射によって命を落とした。
よって4年間の恐怖治世時代と東西に広がった広大な領土の一部を失って、この戦いは終結し、ヴェクター王国は疲弊した国力の回復に若干の時を要したのである。
§ 2 §
歴史家ポートウェル・ズィが綴る「混沌と狂気の内戦」にあるヴェクター王国の18年戦争はその真実を知るものがいない。
なぜ戦争が起きたのかも今になってはその実を知ることが出来ないのが現実なのだ。
王族の外戚にエルヴィン・ロックハーディン伯爵という人物がいる。
王国の東側を守るベルスウェット城を拠点とし、カンテラ城塞で東の蛮族を封じた勇猛なる将軍だった人だ。その彼の3代下った子孫のティーチ卿はヴェクター第16代国王と共にその年の夏、避暑地へ足を向けた。
国王の次男であるホスピス卿も同行する予定だったが、日程の都合からこの行軍に間に合わず辞退。残念がった国王は南の山岳に住む小部族の案内で山へ。
そこで起きた凶行がこの「混沌の18年戦争」の引き金となったというのが一般的な理由だ。
また、逆も然りだが----
息も絶えだえのティーチ卿の従者は、主人の最後の言葉を持って王宮に飛び込み、事の顛末を命を賭して語った。
つまり、山岳の部族が積年の恨みを晴らしに凶行を働いたのだという。
積年の恨みというのが、かつての暴君の行いだ----これが尾を引いているというのが、王国の治世下で教える歴史の解釈なのだが。
これに対して意を唱えるほど実はしっかりとした理由がないのは前記したとおりだ。
かくして、戦争は起こされた。
宣戦布告らしいものがあったかも未確認----
だが、彼ら、ヴェクター王国側にとってのこの戦争は仇討ち。
我々にとっては侵略に対抗する防衛戦争だった。
・・・・・・そして、戦争終結10ヶ月前。
我々はこの戦争の最前線、かつて王国の西側最大の耕作地帯だったカーヴォウルベの都址にいた。目的は、王国の前線深部の城塞の奪回、いや、取り残された味方の救出といえば聞こえがいいかもしれない。
難攻不落のマリデン城塞。
2千3百人の将兵救出の為に用意されたのは、僅か百人の囚人まがいの俺たち。
どの戦場でも爪弾き、死に損ない、挙句に疫病神や死神とまで揶揄された男たちが名誉の為に送り込まれる。
----一体、どこのどいつが・・・ こんなくだらない戦争始めやがったんだ----
>>つづく




